万華鏡三次

novel.syosetu.org/114674/ の三次創作的リメイクです

一章 慈愛の混沌

「美味しい......!知識としてならば知っていましたが、人の食は、甘味はここまで進化しましたか......!」

先ほどまで全てを射抜きそうだった沖田の瞳はキラキラと子供のように輝き未だ見ぬパフェの下層への想像を巡らせ、嗣音は嗣音でここが異界であることも忘れカレーに舌鼓を打っていた。

「それにしてもファミレスはあるんだ......。」

財布の通貨に描かれている人物などは地味な差異が表れていた。どうやら世界を移動する際にその辺りの改変も同時に行われているらしく、この店から走って逃げなくとも支払い能力に問題は無さそうだ。

「飲み物持ってくるね、このカレーちょっと辛くて。」

人間の味覚の平均も多少違うのだろうか。細かい場所ばかり違っていると、むしろ完全に違う文化に放り込まれるより戸惑うことも多そうだ。ドリンクバーには、別段変わったところは......

「あの、少しよろしいでしょうか?」

「ええ、なんでしょう......あっ」

背後から掛けられた声に殺気が追い付いて、嗣音は死が背中を撫でてにやついたのを感じる。しかし、刹那口元にクリームを付けたまま駆けつけた剣の速さがその予感を搔き消した。

「失礼、マスター。警戒を怠りました。サーヴァントです、下がって。」

「あらあらまあまあ、そんなに警戒なさらなくとも今の私に戦意はありませんのに。その証拠に、私もこのようにマスターを相伴していますので。この間合いで斬り合えばどちらも無事というわけにはいかない。でしょう?」

そう話す長身の女サーヴァントの陰から年端もいかないような少年が顔を出す。

「ママ、あの人たち誰......?」

サーヴァントを母親と呼ぶその少年の右手には令呪が浮かんでおり、そして彼は明らかにこちらに怯えている。好戦的な様子は微塵も感じられない。

「チッ、どうしますマスター。罠やもしれませんが......話に応じますか?」

「うん、今はそうするしかないみたい。ねえ、サーヴァント。場所を変えない?」

「元よりそのつもりです。では参りましょうか。」

場所は子供も多く遊ぶ、人の目の多い市民公園で。彼女たちの提案に嗣音達は同意した。周囲を巻き込み目撃者の増加を厭わない戦いに臨むような性質は今のところ、感じられない。それにしても、かのサーヴァント。長身に豊かな胸、少年へ向けた慈愛に満ちた笑顔。初めて見た顔ではないような気がする。そう、あのゲームの......思い出せない。

「では、そろそろお話を始めましょうか。」

「......はい。して開戦の他に何の用件で?」

「では単刀直入に。貴方達と、いや全てのマスターと私は出来れば戦いたくはありません。しかしお話が通じるマスターの方があまりいらっしゃらないようですから。貴方達お二人だけでも私どもには手出しをしないで頂けませんか。」

「......何ですって?」

沖田の表情が目に見えて険しくなった。聖杯戦争において、願いを捨て戦意を完全に放棄するサーヴァントなどあり得ない。腰の刀を一瞥し、嗣音にアイコンタクトを送る。

「言葉にはお気を付けて。敵を前に剣を抜かないというのも、人斬りには我慢が必要なのです。」

「おやおや、怖いですね。何も無条件にとは言いません。若し約束いただけるのならば、私の真名をお伝えしましょう。どうです。悪くはないとは思いませんか。」

確かに、殆ど無条件に敵の真名を把握出来るというのは好条件ではある。しかし、言外に彼女は伝えているのだ。「真名を知られたところで、お前などに負ける気はしない」と。

「セイバー、やめよう。多分、今の私たちじゃ勝てない。そんな気がする。」

何か、形を結ばない記憶の破片のようなものが嗣音の脳内で警告を発している。彼女は規格外な強さを持っているような、そんな気がしてならない。

「わかりました、マスターがそこまで仰るなら......今は収めましょう。して、貴方の真名は。」

「サーヴァント、バーサーカー。名を源頼光と申します。どうぞ以後お見知りおき下さい。」

「源......頼光......!」

数多くの怪物退治、その逸話を持つ、神秘すら滅ぼす平安の英雄。思わず対する二人は息を飲む。

「成程......その隙の無さは人の理の、武士道の通じない物の怪との闘いから。合点がいきました。どうやら、今は退く他無いのは確かなようです。マスター、行きましょう。」

「......では、失礼します。」

「そうだ、お二方。〝紅い外套のアーチャー〟にはお気をつけて。」

「......忠告感謝します。」

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「薫、こちらへ。」

年幼いマスターを呼ぶバーサーカー。その眼は間違いなく母のものだが、しかしその目線はサーヴァントとマスターという関係上、決定的に間違っている。

「ママ、あの人たち何だったの?」

「うふふ、私の可愛い薫。何も心配はいりませんよ。貴方に近づく悪い虫は、私がみんな母が潰して差し上げますからね。さ、また遊んでいらっしゃい」

「私の願いは、既に叶っているもの。あとはこの平穏を、ただ守るだけ。」

一人静かに笑う彼女の瞳は既に隠さず、女の色を浮かべていた。