万華鏡三次

novel.syosetu.org/114674/ の三次創作的リメイクです

一章 数寄者屋の工房

基山零士は魔術師であった。いつか至るべき根源への到達、その入り口は限りなく狭い。しかし既に還暦を迎えようとする彼の所作は、「焦りが足りない」と言われても仕方がないものであった。研究を継ぐ子も無く、今日も一人で茶を点てている。少なくとも素人目にはそう見えるものだ。

詫び寂び。足りぬものにこそ充足を得、閑静の中に豊かを求める。彼の根源への道程はその身に宿った属性をあらゆる種類の魔力を取り込む事により拡散させ、虚数、あるいは無へと近づけ、果ては彼の肉体の魔術回路を根源と直接繋げることにある。そしてそれは代々繋いできた理想という訳では決して無いのだ。その証拠に彼はその身に魔術刻印を背負ってはいない。それは彼が新規に魔術師となったことを意味せず、彼が師である親に「そんなものはいらない」と言い放ったが故である。今では遠縁の者を養子に迎え研究を再開していると風の噂に聞いたが、そんなことは既に勘当された彼にはどうでもいいことであった。

子を設けないのはその必要が無い為だ。親の資産を受け継がないのは、目指すものに届くまでに遠すぎる道であるからだ。彼こそはたった一代で根源に挑もうとしている異端。彼を隠居老人などと呼ぶ者も多いが、彼の野心は間違いなく一流であった。茶の湯すら、己の道を違えぬための標として使っているに過ぎない。

「ほう、わしのマスターは老体のようじゃの。然し平行世界を移動したという異常にその無感動、少々ボケが入っているのではないか?」

突然現れた軍服姿の少女にも殆ど目をくれず、静かに彼は疑問をぶつける。

「私の茶室はそのにじり口の他に入口は無い筈ですが......。茶室に刀とは頂けませんね。」

「フン、何が茶室じゃ。この空間の全てがいやらしく魔術の工房として機能しているではないか。それに茶器は中々だが、その茶。何だそれは?『人間の中身』で酒を飲むことはあったわしだが、流石に人間の中身を飲む趣味は分からんぞ。」

「成程。お見通しとは恐れ入りました。お聞きしましょう。貴方が何者で、どこから来たのかを。」

「あっはっは!どこから来た、じゃと?教えてやろう。わしがお前をここに喚んだのだ。この悪趣味な茶室ごとな。まあこんな変わり種が来るとは分からなんだが......それと自己紹介がまだだったの、我こそはサーヴァント、アーチャー。第六天魔王波旬、織田信長じゃ!」

「サーヴァント、ですか。そんな輩がどうして私を。」

「その右手を見てみい。」

基山はその手に刻まれた令呪を一瞥して、つい舌打ちを漏らす。自分の身体に不純物たり得る魔力の塊が居座っている。聖杯戦争。そのマスターとして戦い抜き勝ち抜けば自身の途方もない求道、その研究は完成すらするやもしれない。しかし、彼の目指す形である道から少しでも逸れるその異物を許すほど、彼は寛容にはなれなかった。

「我が令呪、全てに命じます。今後この三画を単に魔力のリソースとして我がサーヴァントである織田信長に譲渡し、その使用権も彼女に一任すると。」

唱えると同時に、彼女の手の甲に三画の同じ形状の令呪が浮かんだ。

「ぬおおおおおおお!感じるぞ力を!ねえ見て格好いい?もしかして我今凄く格好いい?......じゃなくて。お主、阿呆か?」

冷たい声色と共に彼女の名刀の切っ先が魔術師の喉元に迫る。

「構わないでしょう、何故そう怒るのです。私はここにいます。貴方に干渉はしません。貴方は、貴方の求めるもののために動けば良いというものでしょう。」

「フン、聞かせよ。お主の願いは何だ?」

「少なくとも貴方の持っているものでも、貴方の傍で叶うものでもありませんよ。」

「成程、わしに一人で戦えと?」

「魔力のパスは不本意ですが繋がっています。危なくなれば令呪もあるでしょう。何より私を呼ぶようなサーヴァントですから。どんな条件でも負けるつもりなど毛頭ない、でしょう?」

「かっはははははは!全く。良かろう、是非も無し!わしゲームとかでも単騎で輝くキャラだもんねー!」

曲者二人の笑い声だけが、茶室を満たす。紛れもない雑音ではあるにしろ、それを止める野暮は誰もいなかった。

サーヴァント アーチャー 織田信長
マスター         基山零士
      契約成立