万華鏡三次

novel.syosetu.org/114674/ の三次創作的リメイクです

序章 人造の生命

生命とは。生物学的に、なんて野暮な考え方をしてしまえば、全ての生命は次世代へ種を繋ぐための機構だ。しかしヒトなどという物好きな生き物は、必ずしも生物的なゴールで満足をするとは限らない。理性、や生きる意味、などと大層な言葉を掲げては無意味な娯楽に邁進していく。人によってそれは魔術という神秘であり、そしてその目的は「自分に紐づけされないイノチを創造する」などといった神の真似事であったりもするものだ。

たった今、その造られた命が棄てられようとしている。

ここはとある地下の施設。一見ただの貯水槽だが、そこは失敗作の人造人間を投棄、分解し魔力として還元するための装置である。既に「先客」で満ちているその空間にただ一人意識を持ったホムンクルスが投げ落とされた。

彼女に名前はない。強いて言えば識別番号はどこかに書かれていた気もするが、彼女にそれを認識する気など初めからなかった。意識はあるものの彼女は全ての事象に起動時から関心を表さなかったため、失敗作と見なされてこのプールに運ばれて来たのである。下層から溶けていっているらしい同胞の身体のおかげで、粘着質な分解液が背中を濡らし始めたころ。彼女に初めて感情らしきものが生まれた。

「憎い」

正確に言えばそれは彼女のものでなく、既に形も残っていない同胞の残留思念のようなものであるが、彼女からすれば初めての感情だ。判断できようはずもない。既にそれを失った感情たちが寄りかかるべき命を目指してうぞうぞと集まってくる。

「あ、ああ、あぁ......!」

既に人からは不要とされた者たちの怨嗟。それが絵の具の全ての色を混ぜたような醜い黒を帯び、彼女の文字通り白紙を滅茶苦茶に汚していく。次に彼女が学んだのは痛みへの恐怖と逃避への願望であった。空の身とはいえここには自分とほぼ同質の魔力が満ちている。感情とともに流れる微量のそれを感じていたのも相まって、かなりの量の魔力を確保することに成功した。その足で岸に上がって数瞬、彼女は未だ魔術師の庭の一部にいることに気づく。

逃げなければいけない。否、逃げたいのだ。自分は。同胞を、自分をこのような目に遭わせた復讐の機を得るために。「人並み」の幸福の実現、そのために。考えなければ。魔術工房というものは当然魔術師の秘中の秘。侵入と、それから技術の盗難の防止のため罠の山だ。ここに来るまでの間に箱の中で感じたその解除に時間を費やしたとされる停止がそれを物語っている。それに捕まるのはいけない。ここまで来て、人間に使われるために戻るなど許してなるものか。

しかしここで彼女に限界が訪れる。かつてない思考と感情の奔流、対価としての疲労は当然のものだった。ふらりとよろめいたかと思えば、先ほどまで浸かっていた死の貯水槽へと足を滑らせてしまう。

「嫌だ、私は――死にたく、ない!」

彼女の機能が停止するその瞬間、魔術工房に極大の魔力反応が検出されたが、いかなる異常も認められず結局観測機の異常と片付けられた一幕は、この世界の人間では誰の記憶にもそう長く残ることはなかった。

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「何だ、俺のマスターは......何も身に着けていないではないか。やはり俺という英霊には持たざる者こそがふさわしいという事だろうか。」

場所も変わって暗い林の中。横たわる人形のような少女の傍には男が立っていた。

「名乗るのも今は無駄なようだ。」

真っ白な肌をした痩身の男。その身体には黄金の鎧がぴたりと張り付いており、胸元には赤い宝石が埋め込まれている。

「そうだな、裸では流石に寒いだろう。しかし俺も生憎脱げるものが無いものでな。この鎧も求められるならば与えられるのも悪くはないが......こういったことを勝手にすれば、誰ぞに「重い」など誹りを受けかねんらしい。何よりこの娘には今のところ、口をきく勝手がない。」

ならば、と彼は少女を抱えて歩き出した。

「暫く歩けば人の気配程度はしてくるだろう。それまでは我が槍の熱で温めよう。それなりの魔力は使うが、許せ。」

彼は正直なところ、魔力を炎とし放出している槍を常に出現させ得るこの少女の貯蔵量に驚いていた。そして、同時に湧き上がる此度の戦いへの期待も少なくない。

「しかし、このままでは目立つか......?マスターが起きるのはいつになることか。」

サーヴァント ランサー ???
マスター       【ホムンクルス(識別番号18-5E)】
      契約成立