万華鏡三次

novel.syosetu.org/114674/ の三次創作的リメイクです

序章 出遭い

「もし、マスター。起きてください。」

鈴を転がすような声で幻聴が聞こえた。

「うるさい、私は一人暮らしだ幻聴め。」

大体、何故自身を二度傷つけるような幻聴をわざわざチョイスするのか。精神面でそこそこの打撃を受けたとはいえ、私の脳はそこまで自分すら慰められないほど空気の読めないものか。全く私というやつは――

「全て口に出ていますよマスター。加えて、私は幻聴ではありません。」

とにかく、今は身体を起こすべきだ。眠るのにも体力が要る。毎日のように健康的な睡眠を摂っている人間にはふて寝すら許されない。それにしても右手が少し痒い。虫にでも刺されたかな。

「......え?」

顔の前にかざした彼女のその手には見覚えのある、刺青のような模様が刻まれていた。「令呪の三画だ」と気付いたその瞬間、彼女の視界は現実から逃避するためにピントをずらした。そこにおおよそあるはずのない60兆もの情報の塊が待ち構えているのも知らず。

「起きられましたか。サーヴァント、セイバー。沖田総司。勝手ながら私が貴方を喚ばせて頂きました。どうぞよろしくお願い致します。」

「え?」

「失礼、先ずはお名前を伺っても?」

「あ、えっと......神崎嗣音、です」

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「なるほど、じゃあ夢じゃないと。だけどここは私のいた世界でもないと。そこまでは分かりました。」

「理解頂けて何よりです、机に頭を叩きつけ出した時はどうなるかとも思いましたが......。」

彼女からすると、今でも夢の中......と言うより妄想に囚われてしまっているのではないかという恐怖が心内の半分を占めているのが正直な話なのだが。

「あの、一つ聞いていいかな。私、魔術の心得なんて全くないんだけど......君を現界させていられるのって、どうして?」

「その事でしたか。初めに私が『私が貴方を喚んだ』と言ったのは覚えていますね?」

彼女の言うには、今回のそれは聖杯戦争としては特殊な条件下にあり、はぐれサーヴァントとして現界した7騎がそれぞれの求める条件に合ったマスターを並行世界から召喚するというシステムであるようだ。その際、魔術の素養のない人間にも平均的な魔術回路が身体に組み込まれるようで、慣れない内はそれに痛みを感じることもあるが我慢してほしいとのこと。

「巻き込んでしまったのは申し訳ありません。ここで参加するもしないも貴方の自由。もしも貴方の意にそぐわないのであれば、ここで私を自害させるなどすれば令呪はあなたの腕から消え失せ、戦いに巻き込まれることはありません。」

「ちょっと待って、私、並行世界から呼び出されたって話だったよね?貴方が死んだら私は帰れるの?」

「いえ、それは定かではありませんが......元来戦う事を放棄するとは、何もかもを諦めるということではありませんか?」

さらりと口から出た英霊の死生観に嗣音は足の裏血液が一滴残らず逃げ出したような気がした。彼女と私では生きた時代も人生の温度も違う。戦火にあてられ傷をもって叩かれ鍛えられたその心の切っ先に触れるには、嗣音は脆すぎる。

「じゃあ、もう一つ聞かせて。貴方が私を選んだと言うけど、それはどうして?」

「さあ。自身の深層にあるものを読み取って聖杯が連れてくるもの故にどうにもはっきりとは申し上げかねますが、しかし、私のマスターには私と共に戦いたいという心持ちであって欲しい。それこそ、最後まで。私はかつて戦い抜くことができなかった。共に戦う仲間に恵まれながら。次はそちらに恵まれず二度その煮え湯を飲むくらいならば、私は死にます。ですから貴方を信じます。聖杯の選んだ貴方はきっとそのような人間であると。どうです。」

「......それは、分からない。私は死の傍に身を置いたこともないし、人を殺したことも無い。けど、私はあなたを欲してた。あなたと一緒に戦いたいと思った。それは事実。まぁ、ゲームの話だったんだけどね。でもこうなった以上、あなたと戦うことに異存はないよ。役に立つかわからないマスターだけど、よろしく。沖田さん。」

初めは「ゲ、ゲーム......」と血を吐きそうな顔をしていた沖田だが、嗣音の差し出した右手はすぐに握り返された。

サーヴァント セイバー 沖田総司
マスター        神崎嗣音
       契約成立