万華鏡三次

novel.syosetu.org/114674/ の三次創作的リメイクです

序章 爆死

序章
 
『爆死』
 
「お゛あ゛あぁだめかああぁ」
構われすぎた猫のような奇声を上げて彼女は机にキスをかました。ここが公衆の面前ならばなんて破廉恥なと糾弾されたに違いない。しかしどうやら、目尻に溜めた涙とこみあげてくるのが感情でなく物理的な何か、例えばお昼に食べたコンビニ弁当だったりしそうなことからして、それが素敵なキスでないことは明らからしい。
「ぐるじい」
若い彼女にはこれ以上の苦しみの心当たりが記憶の引き出しにない。たかがゲーム、ソーシャルゲームのガチャ、その賭けに大負けしただけの話だ。「fate/grand order」。神秘がほぼ完全に駆逐された世界、そこには夢物語としての魔術が、聖杯が、そしてデータ化された英霊がその身を戦いに投じている。
『ピックアップ召喚!☆5SSR「沖田総司」出現確率上昇中!』
「7枚かぁ」
この小さな画面に7枚の一万円札が吸い込まれていった。学生の切る身銭としては傷が深い。具体的にはこれから消化器官に大いに食い込むことになる。水で膨れた腹を想像しては、人間としてあまりの情けなさに寒気がする。もっとも、その精神の摩耗からか彼女の顔は既に死人のような色を湛えているのだが。
午後2時。年頃の少女が死体の真似事をするには明るすぎる時分だが、もはや彼女には何をする気すらなくなっていた。景気の良い音で脳内の預金通帳の桁がすらすらとゼロに近づいていく。それは羊を数える無為のように彼女の思考を奪っていく。
「みったせみたせみったせーみたせー......みたせ!」
スマートフォンの画面に映りっぱなしの召喚画面。既に10回分に必要な量を切っているそのなけなしの石の三つを、最後の足掻きのように放った。一度閉じ、そして大きく開く3つの光の環。既にここにはない彼女の意識がそれを捉えることはついになかった。
 
これは少女の日常の一節。誰が見ても、金銭感覚のそれのほかは何ら違和感のない人生の刹那。他愛のない話だ。そして同時にピリオドでもある。果たして彼女が繋いだ糸の幸運不運、未だ知ることは誰にもできない。